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Asian Modernization(IAM)
  

アジア近代化研究所
IAMニュースレター

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IAMニュースレター第14号、2012年1月15日発行、 目次
無断転載禁止。著作権は各著者にあります。
  1. 巻頭言:第2種の誤りとTPP (吉川紀夫)
  2. 台湾旅行記 その2 (藤澤すみ子))
  3. 3月上海旅行記(二) (童適平)
  4. 変化の兆しを示すインドの食糧消費パターンと資源争奪戦:①中国の事例と比較して(上原秀樹)
  5. ニュースの裏を読む(14) (長谷川啓之)
  6. 編集後記

          Ⅰ 巻頭言:第2種の誤りとTPP(印刷用pdf)


                吉川紀夫

アジア近代化研究所研究員、明星大学教授


  統計学の検定理論では判断上の誤りを「第一種の誤り」と「第二種の誤り」に分けている。前者は「正しい命題を否認してしまう誤り」であり、後者は「誤った命題を承認してしまう誤り」である。前者と後者は一方が増えるともう一方は減少するという関係にあり、両者を同時に減らすことはできない。有意水準は第一種の誤りを冒す確率を指す。
 ところで、最近発生している大きな経済問題を見ると、この第二種の誤りに起因した問題が圧倒的に多い。わが国の
1980年代後半の土地神話信奉下でのバブル経済の生成と1990年以降のバブル経済の崩壊、東日本大震災後の原発問題、米国におけるエンロンの倒産から近時のわが国のオリンパスの問題に至る一連の企業経営上の構造的不祥事、サブプライムローン問題とリーマンショック、ギリシャ危機に端を発する欧州の財政金融危機など、いずれも第二種の誤りを冒していたことが事後的に発覚し問題化したものである。
 ある命題ないし仮説が正しいか誤っているかを事前的に判断することはむろん出来ない。判断基準は短期と中長期とでは異なる。また、各国の政治的・経済的・宗教的あるいは時代的背景などの外部環境によっても異なってくる。命題の正誤は事後的な結果を待たなければ判明しない。事後的に結果が誤っていたと判断される場合に初めてそれが第一種の誤りなのか第二種の誤りなのかの判別ができる
 近時、第二種の誤リが多くなり、第一種の誤りが少なくなってきている。その理由はいくつかある。その中でも、契約関係の厳格化が強まる中で失敗は許されず自己責任が問われる市場経済化の進展や短期的視点を重視する傾向がその最大の理由として掲げられる。有意水準は出来るだけ小さく、そして対象期間も出来るだけ短くとることによって責任を限定化し第一種の誤りを極力回避しようという流れが強まってきていると言い換えても良い。そのためには正しい命題とされる判断を関係者相互間で充分にすり合わせ事前的に決め付けておいた上で、その命題に反するリスクを回避する手段としてコンプライアンスを含めたリスク管理の強化やマニュアル化が進められる。マニュアルに一端書かれたことは正しい命題だとされ、それに反しない限り責任は問われない仕組みを作るのである。大量の情報量と機械的処理、単純化と金太郎あめ的な対応が経済のグローバル化とともに一般化している中では仕方ない成り行きでもある。
 有意水準を小さくするように基準値を設定すればするほど第二種の誤りを冒す確率は高まる。経営者や当事者個々人の持つ「洞察力」や「見抜く力」などは書面化や基準値化がなされていない頼りないものとされる。短期的な「非効率性」が長期的には「効率性」に繋がっていたとしてもそれは短期的基準値と対比した上で否定され、人間性や人間関係などを伴った浪花節的な判断も基準値がないために否認される。また、組織の肥大化やマニュアル化が組織内での人間関係や小回りの良い組織運営を阻害していてもそれは無視される。これらのことは第一種の誤りの縮小化のみに気を取られてきた結果だとも言える。そして、第一種の誤りを回避する努力が結果として第二種の誤りを増大させることに繋がってしまっているのである。

 現在の日本にはTPP(環太平洋経済連携協定)への参加について賛否両論がある。「TPPへの参加は世界経済の潮流の一つとして国益にも繋がりわが国として回避することはできない」という判断と「TPPへの参加は日本経済に国家の存亡に関わるほどの大打撃を与える」との両論である。どちらが正しくどちらが誤りなのかを現時点で断定することはできない。しかし、判断基準の中身が白か黒かとかプラスかマイナスかといった二分法的で単純なワンウエイ的な要因だけによって議論されている点には大いなる問題がある。消費者である個人は同時に生産サイドにも属しているのであるから消費者の利得は同時に生産者の一員でもある消費者の損失にもなる。取引に伴う経済的な利害以外にも政治的・国防的影響などによる利害など総合的で中長期的な観点からの利害の判断基準も求められるのであるが、それは欠如している。リスク回避策についても単に経済的損失としてのリスクだけではなく、政治的・国防的なリスクなど多方面からのチェックが必要となる。 多方面からのリスクを回避したり縮小させたりする対策として前提となるのはまずは正しい命題を設定することである。ただ、正しい命題に近づけるためには出来るだけ多くの様々な視点からの情報とそれを整理・分析してゆく過程が必要となる。二分法的な発想だけでは無理がある。東洋の中庸的な考え方や複合的な見方が正しい命題を設定する上で必要になることがあってもそうした領域にまで立ち入らないままに判断を実行に移すことが今は定着している。昨今のマニュアル化した機械的な判断や二分法的な方法では正しい命題を設定しそのリスク対応策まで作ることは難しいということになる。最終的にはリーダ―シップのある有能な人物の勘の様なものが機能しなくては本来いけないのであろうが、そうした能力を併せ持つ人材は残念ながら現時点では見当たらない
 つまり、それでなくても情報量が極めて少ない
TPP参加に関する判断を簡単に政治的決断などで割り切って身動きが出来なくなってしまうことは第二種の誤りを冒す可能性を高めていることを意味するのである。特に、長期的な視点からの洞察力が少なく目先だけの短絡的思考方法に慣れた政治家集団や財界集団による「最初に結論ありき」といった現状を見るにつけても第二種の誤りに繋がる判断を採用してしまう可能性が強い様な気がしてならない。ある方向へ行くか否かで迷っている時には「行かない方が良い」とするプロ野球の某名監督の東洋的な発想とその言葉が今思い出されるが、結局この監督の判断基準がTPPへの参加の是非を決める上では最も役に立つのかも知れない。



            
Ⅱ 台湾旅行記 その2 (印刷用pdf)

藤沢すみ子

エマウス・メディカル・ジャパン株式会社代表取締役 文筆家


「誰かいませんか」
「開けてくださーい」
ドアや壁を叩きながら、夫も私も必死だった。鍵がなくてドアを開けられなかったことは何度もあるが、外から閉じ込められるなんて経験はかつてない。

 長く感じたが、閉じ込められていたのは10分ぐらいだったろうか、やがて、雨音の中に、コツコツという足音が混じって聞こえ、ガラス窓の外に男性の姿が見えた。

    

 男性は、鍵を開け、私たちを出口へと案内してくれた。無事に虎の口までたどり着き、外へ出ようとすると、夫は足を速めて、私より先に外に飛び出た。続けて私が虎の口を出ようとすると、彼は、止まれ、と命じた。どしゃぶりの雨の中でカメラを構えて、こちらを向く。こんなときでもシャッターを切りたがる夫の写真至上主義には抵抗できない。
 情けない顔で虎の口に収まったままの私は、とうとう夫のカメラの中に収納された。
 雨は、ますます強くなる。ガイドが決めた集合場所の広場に行くと、そこには誰もいなかった。バスもない。
 虎の口からようやく解放されたというのに、あんなところで時間を浪費していたせいで、ツアーの仲間に置いて行かれたのだろうか。
近所の土産物屋で雨宿りする?」
「いや、そんなことをしたら、また忘れられて、置いて行かれちゃうよ」
 雨と風の音に逆らって、すぐそばにいる連れ合いに叫びながら相談しあう。
2人で小さい傘が1本あるだけ。衣服は濡れて、肌にまとわりつき、次第に重く感じる。激しい風雨の中にいると、晴れの日がどんなにいいものかよくわかる。2分、3分と過ぎて行くうちに、雨のカプセルから二度と抜け出せないような気分にもなる。相当体が冷えてきた。「やっぱり、どこかに雨宿りしがほうがいいんじゃない」
「そうだね」 相談しながら周囲を見回すと、雨の中を小走りにこちらに向かってくる集団が眼に止まった。見慣れた顔ばかりだ。同時に、バスが、広場横の道路脇に到着。

「みなさん、どこに行ってたの」
「お寺」
 どうやら、我々が閉じ込められていた竜虎塔の真向かいにある三鳳宮に行ってきたらしい。皆さん、語るのももどかしげに、バスの中へと吸い込まれていった。
 座席に腰掛けて、ほっと一息。タオルで濡れた衣服を拭きながら、横に並んだ鈴木さんご夫婦に、閉じ込められて大変でした、と言うと、
「ええっ? どこに?」
 何のことやら、と理解できない様子。ガイドは、私たちのことに気づいているのかいないのか、マイクを持って語り出した。「雨、大変でしたね。でも、三鳳宮のお参りできてよかったよ」
 ほんの30分間、我々夫婦が不安と闘っていたことや、三鳳宮に行きそびれたことなど、他人から見れば意外なほどに興味なし、と実感。国と国との間に国境があるように、人と人の間にも、見えない人境がある。結果的に無事だったし、めったに経験できないスリリングなことが経験できて、旅の面白さに香辛料が加わっただけよ、と夫と二人で強がりあってみた。バスは一路、台風に向かって高雄へと南下。「高雄福華代販店」14階に宿泊したが、あいにくの空模様で景色が眺められない。
 テレビをつけると、相変わらず台風の模様を映し出す。台風は、勢力を弱めることなく、ゆっくりとした速度で北上を続けている、とキャスターは語っているらしい。合間にNHKを見ると、NHKでも台湾の台風の様子を伝えていた。日本でも台風11号の影響を受けて被害が発生している、と淡々と述べていた。台湾のキャスターの派手さに比べ、NHKのキャスターはかなりおとなしい。

     

830日、そろそろ台風は台湾から外れてもいいはずなのに、昨日のニュースで言っていたとおり、台南に居座ってしまった。ヒューヒューと音を鳴らしながら強い風が吹きすさぶ中、バスは高雄芸品館へ。

店員の巧みな誘惑を避けて、ともかく奥へ奥へと進む。ガイドの視線が背中を刺す。
 一番奥の部屋には、パイナップルケーキや、シナチクなどの食べるお土産が置いてあった。ちらちらと私たちツアー客を眼で追うガイドの存在を感じる。

「パイナップルケーキなら、余分に買ってもいいんじゃないの」

 夫も何か感じているようだ。

「そうね」
 と、私がいい終らないうちに、夫はパイナップルケーキを4箱購入。

すると店員が夫の前にシナチク入りのでっかい袋を持ってきた。

5袋買うと1袋おまけよ」

 ガイドとバッチリ眼があった。ついにシナチクも6袋購入。ずっしり重い。ガイドの目じりが下がるのを見た。彼らも大変なのよ、と夫とひそひそ語り合いながら、財布を開く。

 ツアーの仲間もそれぞれにお土産を抱えて、バスに乗り込む。椎名さんだけは、相変わらず手ぶらだ。手ぶらの彼女を見て、ふと気付いた。
 彼女の軽装を見習ったら、ガイドも、店員も、あれこれ勧め辛くなるのかもしれない。ツアーに参加しながらも、絶対に、お土産を買わないためには、まず格好からだ。  
①化粧はしてはならない。

②髪の毛はボサボサにするか、ゴムでひっつめに結ぶ。

③何度も洗って色落ちしたTシャツに、穴のあいたジーンズ、履きつぶした古いスニーカーを着用。

④カバンは持たずに、エコバッグかスーパーで貰うビニール袋をぶら下げる。

⑤ブランド物は古くても、汚れていても、身につけない。以上。

バスは、呉鳳廟へと向かった。渋滞の中、ようやくたどり着いた呉鳳廟でバスを降りると、周囲は、倒れた木、折れた枝などが折り重なっていた。風が強くて、傘をさすのは無理だ。雨の中を走って廟の中に入った

     

呉鳳は、原住民の首刈りの習慣をなくそうと、自分の命をささげた、と言われている。しかし、ガイドは、原住民に首狩りの習慣があったという事実はない、とはっきり語った。だから呉鳳廟に記されていることは逸話にすぎない、と。

歴史とは勝者が作っていくものだ。負けた者の真実など、無視され、埋もれていく。後世の人間は、勝者が作った歴史に次々に尾ひれをつけていく。そして、敗者の真実は完全に忘れ去られる。

たった1つの事実が、そこにあったとしても、光の当て方によっては白が黒になり、黒が白になる。個々人の中にのみ、当人だけの真実が残り、当人の消滅とともに真実も消える。
 真実はどこにあるのか、と問い詰めたところで、言葉ですべてを語り尽くすことはできない。人は、そんな個々の真実を見つめ直すために、様々な光の方向性を求めて旅をするのかもしれない。

いよいよ台湾の新幹線に乗るために嘉義駅へ。2007年に開業したばかりとあって、駅はとてもきれいだ。ホームからは、360度の景観が楽しめる。風にあおられながらも、地球の丸さを感じて気分がいい。

台北駅で新幹線を降りると、周囲はすっかり都会だった。台湾一の都市を眺めながら中正紀念堂へ。
 入口で、身じろぎもせず、視線も動かさず、まっすぐに立つ兵士を見て、文武廟の兵馬俑パフォーマンスの青年を思い出した。 ビシッと背筋を伸ばした彼の姿勢は、軍隊で鍛えられたものにちがいない。

    

 兵士たちの制服は、汗でびっしょり濡れていた。平年だと、この時期の気温は40℃にもなるという。台風の影響でせいぜい25℃前後だというのに、あの汗。普段はどんなに暑いでしょう、と気の毒にもなる。日本で呑気に暮らす愚息の姿が浮かんだ。

     

 蒋介石の巨大なブロンズの前で、衛兵交代の儀式を見る。台湾独立派のガイドは蒋介石が相当苦手らしく、蒋介石のためにこんなことをする必要はない、と衛兵交代から眼を逸らす。

その夜は、北投温泉に宿泊した。天然のラジウム温泉として知られている。部屋に入ると、畳スペースや、家族風呂があり、日本の温泉旅館に来たような気分だ。湯船は深く、洗い場にも檜のスノコが敷いてある。桶も椅子も檜。日本でさえ、最近はプラスティックの桶や椅子が横行しているというのに。

      

外へ出ると、最近、日本ではめったに見ない温泉マークがあちらこちらにある。懐かしい風景だ。831日の朝、ホテル前の公園を散歩すると、色々なスタイルで運動をする地元の方々に出会った。蓮池のほとりで1人で太極拳をする女性、公園に設置されている運動用具を用いてエクササイズする人々等など。みんな中高年以上の年齢だ。台湾も高齢化が進んでいるのだろうか。温泉で一晩を過ごしているうちに、台風は、ようやく台湾を抜けていった。翌朝は、台湾に来て初めて、さわやかな空模様となった。忠烈祠は、台風騒ぎのおかげで観光客が少なく、衛兵交代式をゆっくり眺めることができた。ここでも、ガイドは、不機嫌を隠さない。日本でも、靖国神社となると、様々な意見が飛び交う。どこの国にも、事情がある。どんな思惑があろうと、ともかく、衛兵たちはみなカッコイイ。相当のエリートたちだろうと想像がつく。

いよいよ楽しみにしていた故宮博物館へ。「中国人ばっかりになっちゃって故宮博物館は黴菌だらけ。必ずマスクをつけてよ」

     

ガイド自らマスクをつけ、中国人の声がうるさすぎるから迷惑よ、と文句を言いながら美術品の説明をする。駆け足で有名な陳列品のみしか見ることができなかったのがひどく残念だ。建物の大きさからして、どんな美術品が眠っているのか、想像するだけでも心が弾む。いつの日か、また台湾を訪れて、気のすむまで観てやるぞ。ランチは、故宮博物院の中にある「故宮晶華」。たった今眺めてきた、有名な美術品を模った料理が次々に出てきて驚いた。食べるのがもったいない。

その夜は、かの名高い円山大飯店に宿泊。美術品そのものとも言える形のいい建物と手入れの行き届いた庭。ホテルロビー中央には花の山があった。側に寄ってみると、ワインレッドの胡蝶蘭がびっしり咲いている。その鉢の大きさに驚いた。もちろん本物の胡蝶蘭、しかも根はひとつだ。
 芸術品の並ぶホテル内を歩いたり、ベランダから台北の夜景を眺めたりしながら、この4日間のことを思い浮かべた。

季節、天候、ガイド、ツアーの面々、出会うすべてが旅を彩ってくれた。それぞれの持ち味が重なって訪れた場所の印象を作り上げる。どれか一つを取り変えただけで、まったく違う色の旅になっただろう。
 91日未明、ようやく夜の帳が開きかけたころ、我々は円山大飯店を出発した。暁の円山大飯店の端正な佇まいに、後ろ髪を引かれながら松山空港へと向かった。

    

飛行機が高度を下げて羽田に近付くと、穏やかに美しい日本の景色が眼に入る。息を飲むほど、のどかな静けさだ。震災のあったことなど、忘れてしまいそうなほど整然とした清潔感に溢れている。 

海外から戻るたびに、私の中で、日本への光の当て方が変わり、見方が変わる。そして必ず、日本の美しさを再確認する。日本はアジアに位置しながら、アジアではないのかもしれない、と思った。もちろん欧米ともアフリカとも違う。日本とはいったい何なのか、それを発見するために、そして、自分の人生観の変化を楽しむために、また、いつか必ず旅に出る。

       <了>

Ⅲ 上海旅行記(二)(印刷用pdf)

童適平(経済学博士)

アジア近代化研究所研究員、明治大学

法学部教授

上海に帰れば、上海の中華料理を食べるのは楽しみの一つです。日本料理も大変美味しいのですが、やはり小さい時から、食べ慣れた上海料理が一番美味しく感じるかと思います。
東京で暮らして、感じたことは、食の多様性です。世界中の料理を楽しむことができます。この点は、多分、世界でもナンバーワーンでしょう。ニューヨック、パリと言えども、東京のように東西の料理、何でもある町はどこより勝るかと思います。しかし、中華料理といえば、やはり、上海です。特に、青い葉っぱの野菜の種類が豊富です。多くは日本ではまだ見たことがないので、当然、日本語名も知りません。
  最近、日本でも外国の野菜を作るようになっていますが、日本で作った中国野菜は、やはり本場の中国と比べたら、少なくとも僕の評価では一ランク下です。味が違います。例えば、青梗菜(ちんげんさい)は上海では、値段が安くて、貧乏人、金持ちを問わず、最もポピューラな野菜でしょう。一年中取れるので、上海出身の僕にとっては、ご飯と同じで毎日欠かせない野菜の1つです。毎日食べても飽きることがありません。しかし、同じ青梗菜にも色々の品種があります。日本のスーパーで買ったものは水っぽくて、あまり美味しくないのですが、上海の青梗菜、特に冬のそれは小さくて、炒めると、柔らかくてほんとうに美味しいのです。また、最近、日本のスーパーにも出始めた空芯菜も、僕の好物の一つですが、日本のスーパーで売っているのは色が青くて、硬い品種です。上海も昔は日本と同じ品種でしたが、その後、色白くて、しゃきしゃきしていて、歯ごたえがよい品種が売られるようになり、味も美味しいのです。
  日本は、料理だけでなく世界中からいろいろな品物を集めて、改良・改善するのが得意ですが、野菜の改良・改善があまり進まないのは、多分、食習慣などと関連するのでしょう。工業製品と違い、料理と食材は食感にかかわり、文化が濃縮されているのではないかと思います。
  しかし、今、上海に帰っても、このような楽しみは危機に瀕しています。ちょっと大げさですが、上海、上海だけでなく中国全体でも、重大な食品安全の問題を抱えています。
 
たとえば上海に帰り、妻が夕食の準備をしているとき、水槽に水を貯めて、青梗菜を水につけるのです。妻の話では、野菜を30分以上水につけておかないと、食べてはいけません。テレビなどのメディアでは専門家が勧めているそうです。数年前から、上海のテレビで、買ってきた野菜を洗ってすぐ料理して食べておなかを壊してしまう事件が多発していることが報道されたことがあります。
 人間も虫も好みが同じのようです。上海人が好む青梗菜などの野菜は虫も好み、収穫される前に、先に虫が食べるのだそうです。農民たちはいち早く虫除けの農薬を使用しました。使用した農薬の残留がお腹を壊した原因なのだそうです。その後、政府は、農民たちに農薬を使用しないように、或いは使用できる農薬や農薬の使用時期などについて規制をしましたが、あまり効果が見られていないようです。残留農薬のある野菜を食べて、おなかを壊す事件はまだ続いています。
 時には、自称、農薬を使用していない野菜の販売も見られますが、農薬を使用しない分、手間がかかるので、コストが高くなり、最終的にそれを消費者に転嫁するので販売価格も高くなります。消費者は真相が分からないので、本当に農薬を使用しているのかいないのか、判別ができないため、結局、農薬を使用しないかもしれないが、値段が高い野菜はあまり売れないので、市場から締め出されてしまいます。ここも“逆選択”という経済学の原理が働いています。わざわざ虫に食べられた形跡のある野菜を買うのは残留農薬野菜への対策の一つで、妻が試みましたが、結局、虫が食べ残したのを食べるのか、と気持ちが悪く、しかもこれで農薬を使用していない確実な証拠にもならないので、途中でやめてしまいました。現在、念のため、野菜を30分以上に水につけておくことは常識になっています。東京と上海、両方で生活すると、悩みが増えました。東京のスーパーで買った食材は、水に30分つけなくても、すべて、洗って食べることにします。ところが、先日、私は大好きなホタテの刺身を洗ってから食べると学生に話したら、それではうまみが全部流してしまうと、彼らに笑われました。
  20数年前に最初に日本を訪問した時、はじめて生の魚を大変美味しく食べましたが、抵抗も全然ありませんでした。もともと、魚が好きだったせいかもしれませんが、妻もさほど、魚が好きなわけではないのに、やはり魚の刺身が大好きです。しかし、当時、生の野菜、特に生のキャベツが、なかなか口に入らなかった経験があります。日本人は生のものが大好きで、中国の食習慣では生のものをほとんど食べない原因は少し分かったような気がしました。
野菜の残留農薬だけではないのです。

数年前に、メラミン混入粉ミルクの事件が起きました。事件の発端は安徽省の小さい地方都市に腎不全の乳幼児が多数現れ、調べてみたら、メラミン混入粉ミルクを飲んだことが原因であることが分かりました。更に調べたら、安徽省だけでなく、全国の現象であることも明らかになりました。粉ミルクの製造メーカーは、たんぱく質基準を満たすために、メラミンを混入した原料を使用したからです。多数の粉ミルクメーカーがメラミンを混入した原料を使用しましたが、特に生産規模が大きく、メラミンの混入比率が高いのは“三鹿”を商標とする三鹿グループ企業です。これは中国全国を賑わす大騒ぎになりました。その後、メラミン混入の原料を提供した牛乳生産農民は死刑判決、三鹿のトップも死刑執行猶予の判決を受け、三鹿グループ企業も破産に追い込まれました。
 事
件の後、国産の粉ミルクは買う人がほとんどいなくなりました。一番近い香港までわざわざ粉ミルクを買出しに行く人がでるほどとなりました。秋葉原の電気屋さんまで明治の粉ミルクを売るようになったのです。
 僕も、去年の秋から上海にいる元教え子の学生から頼まれ、ほとんど、2ヶ月に一回“明治のほほえみ”を郵送することにしています。赤ちゃんが生まれたからです。学生の奥さんは中国の粉ミルクに特に神経質です。実は、明治もこれをチャンスとばかりに中国に粉ミルクのネット販売を始めていますが、学生の奥さんは、先生が日本から郵送した方が確実だ、と中国での販売を信用しないそうです。ところで、3.11以後、明治粉ミルクの郵送は停止しました。
 上海にいた時、もう一つの出来事がありました。315日は、中国の1年に1度の“消費者権益の日”です。この日の前後に、商品の品質やサービスなど消費者権益に関する報道も多く、普段あまり取り上げてもらえない苦情や訴えは、この時期に取り上げてくれ、解決に結びつく例も少なくないのです。今年、騒ぎを起こしたのは中央テレビ局の記者が書いた河南省鄭州市にある中国最大の畜産メーカーが半分容認して、クレンビュテロール(筋肉増強剤)を豚の餌に混入して豚に食べさせた養豚農家から豚を仕入れた記事でした。生活が豊かになるに連れて、消費者の好みが豚肉の白身から赤身に変わり、赤身が高く売れるだけでなく、白身が安くても売れなくなり、メーカーが豚を仕入れるときに、養豚農家に赤身の比率を強く求めたことに原因があったそうです。その後、鄭州市のメーカーだけでなく、どこのメーカーも目をつぶってクレンビュテロールを餌に混入して食べた豚を仕入れているといううわさが流れ、一時、豚肉は売れなくなりました。妻も慌てて、数日前に買った豚肉を冷蔵庫から取り出して、鄭州市のメーカーの製品と確認したらすぐに処分しました。
  食品安全問題は、急成長する中国経済に、それぞれの人がそれぞれの夢を持って、それぞれのチャンスをつかもうとする過渡期中国の社会現象の縮図と理解すべきかもしれません。しかし、それが社会契約の存在しないこの社会に暮らす人々に真の幸せをもたらすでしょうか。



     Ⅳ  変化の兆しを示すインドの食糧消費パターンと資源争奪戦:
       ①中国の事例と比較して(印刷用pdf )

                   上原秀樹(農学博士)

              アジア近代化研究所副代表、明星大学教授

.はじめに

インド人は菜食中心の食事パターンを持つ。ただし、ヒンドゥー教徒・仏教徒の多くは、肉食は避けても乳製品は食する。それを代表する食文化がミルクをたっぷりと使用するマサラティーの飲み方に表れている。このことから理解できるように、インドは世界でも有数の牛乳生産大国なのである。加えて、動物だけでなく植物の殺生もなるべく避けて食生活を営むジャイナ教の人たちと、鶏卵食までは認めるオヴォベジタリアンもインドには存在する。
  殺生とは無縁の商業分野に進出し、その才能を最大限に発揮して富をなしているといわれるジャイナ教にヒンドゥー教徒と仏教徒の菜食主義者を合計した人口は、全国民の31%程度を占めるといわれる。それにオヴォベジタリアンの国民を加えると、「菜食主義者」はインド国民全体の40%程度を占めることになる(Margaret Pskar-Pasewicz , 2008)。残り60%の人口に関しても、菜食が中心で、肉の消費は最小限にとどまっている、というのがインド人に関する一般的な見方であろう。
 したがって、以上で紹介した宗教的諸要素が背景にあることを考慮すれば、インドでは「菜食主義者」が多く、肉類の消費は経済発展及び経済成長とともにあまり伸びることはないであろうと想定する人が多いかもしれない。しかし、別のいくつかの指標でインド人の食料消費パターンをとらえてみると、近年において急伸する経済発展と所得の上昇を背景に、伝統的な「菜食主義の食生活」パターンは確実に変化する可能性が出てきたように思う。
 そこで以下では、中国の事例と比較しながらインド人の肉食(英語でレッドミートと表現されている畜産肉)を嫌うが故の特異な食料消費パターンの変化が生じる可能性を、「都市化と所得増に伴う食料消費パターンの変化」(注1)の理論的枠組みで、マハラシュトラ州におけるムンバイ市とターネー市における現地実態調査(20118月)の結果も踏まえながら指摘してみたい。そして、それゆえに今後は中国の食料資源の輸入パターンとは異なった側面から、インドを主役として、グローバル的な食料資源の新たな争奪戦が始まる可能性があることを本稿では指摘するものである。本報告は、2回にわたって執筆する予定であるが、次回は、現地実態調査で得られたデータ分析の結果を中心に報告する予定である。

1:都市化の進展と経済発展による所得増は、食料消費の行動パターンにそれぞれ異なる変化を与える。所得増に伴う加工食品消費と外食・中食(なかしょく)の増加は逓減の傾向を示すのに対し、都市化に伴う加工食品消費と外食・中食の増加は逓増の傾向を示す。この理論的展開については、以下の文献を参照していただきたい。上原秀樹「食料システムと東南アジアの食品工業―フィリピン、マレーシア、タイを中心に―」『冷凍』日本冷凍協会誌第71823号、平成85月。
2.食料資源争奪戦の主役となっている中国の事例
 まず世界の食料貿易に大きな影響を与えた中国の事例を挙げて、その特徴を示しておこう。これと関連する90年代の文献に関し、近年特に顕著となっている中国によるグローバル的な食料資源争奪の動きが活発になることを詳細に分析し、的確に予測した研究書は必ずしも多いとは言えない。その中でもレスター・ブラウンによる『誰が中国を養うのか?-迫りくる食糧危機の時代』(1995年)は、衝撃的な図書であったが、その直後は中国におけるトウモロコシなどの穀類の生産性の向上で、その話題が下火になった。著者がかかわった幾つかの国際シンポジウムにおいても、当時の中国の専門家は「中国料理は菜食が中心で肉類はマイナーの部類に入る」とする意見が多かった。
 ところがそこに落とし穴があった。急伸する所得と政策誘導の都市化の進展を背景に、中国では豊かさのシンボルである豚肉の消費量がまず都市部で増大し、その後農村部の開発区にまで需要が拡大してきた。養豚農家が急伸する需要増に十分に対応できずにいることから、需給の逼迫で2010年から豚肉価格は急伸している。他方では、畜産用飼料の需給が逼迫し国内外の飼料価格も高騰している。その結果、中国では豚肉の集約的な生産に欠かせない大豆粕の原料である大豆の輸入が急増しているが、この件に関し、過去数年間にわたり多くのメディアが世界における大豆争奪戦の番組で取り上げたことは記憶に新しい。
  そこで本稿では、まず世界の資源輸出国における中国の食料輸入大国としての位置づけとして、以下の3項目を挙げておこう。表1で示したように、世界第一位の大豆輸出国であるブラジルの油脂用豆類(主に大豆)の輸出に占める中国の割合が63.8%であり、驚異的な数値を示している。さらに、中国における家計所得の上昇に伴って、淡水魚に加えて海水魚介類の消費も増え、海外からの輸入が急増しているのは表2で確認できる。特にリーマンショック後は総輸入額が30%前後で急激に増加していることがわかる。その理由として、所得増によって拡大する需要に対し、海洋汚染と乱獲によって中国沿海部の漁業資源が減少し、国内供給が需要に対応できない事情があることを指摘しておこう。漁業資源争奪の一例として、201112月に発生した中国漁船の船長による韓国警備隊の殺傷事件も、新たな漁場を求めて、他国の排他的経済水域に侵入し操業したことが背景にある。 中国はロシアからも魚類を輸入しているが、ここでは、ロシアの冷凍魚の中国向け輸出が増大し2010年度においてはそれがロシアによる輸出全体の52.6%に達していることを示しておきたい(表1)。さらに経済発展に伴って、中国では乳製品の消費と輸入が増えているが、表1で確認すると、ニュージーランドの中国向け輸出が全体の17.5%で、中国が大きな位置づけにあるのが看取できる。以上、中国の食料資源輸入大国としての事例を取り上げたが、次に、インドの事情を取り上げるとしよう。
       
      

3.食料資源争奪戦に加わるか、インドの食料事情
 冒頭で述べたように、インド人は菜食主義者が多い。対する中国人は、菜食中心ではあるが肉類も含む食事メニュ―が食卓に載る。ただし、近年は豚肉を中心とした肉類の消費が増えつつある。このことに関するインドと中国のその対照的な位置づけは、図
1で確認できる。1984年から2007年の時系列データでは、中国における一人当たり肉(豚、牛、鶏、羊・山羊の合計)消費は17.7kgから53.4kgに増え、およそ3倍程度に急伸しているのに対し、インドでは、4kgから3.3kgにわずかながらも減少傾向を示している。1990年、2000年、2007年のデータで示した図2で確認できるように、「肉」の中でも、一人当たり牛肉消費の減少傾向が顕著である。この減少傾向の背景には、牛肉を食するイスラム教徒を中心とした人口の減少が背景にあるのではないか。

     

今後は、肉類の中でも唯一増加傾向を示す可能性があるのが鶏肉である(図2)。この傾向を生産面でとらえたのが、図3である。図3ではインドにおけるヤギの生産が10年間に微増しているのに対し、鶏肉の生産は6割も増している。主要食料生産の中でも鶏肉の生産増加率は群を抜いている。しかしそれでも鶏肉価格の上昇傾向は強く、ターネーシにおけるインタビューでも57人中、18人(30%)が鶏肉価格の上昇を嘆いていた。インド最大都市のムンバイ市では、特に若い世代の人たちが鶏肉(ブロイラー)を食するのが確認できた(現地実態調査に関する分析結果は、次回の報告で行うこととする)。インド国内における養鶏用の飼料生産能力は限定されていることから、この価格の上昇傾向に関し、今後数年間は継続する可能性が高い。

      

 レッドミートを避けるインド人は、植物性たんぱく質の摂取源を主に豆類に求める人が多い。2007年度のデータでは、インド人の豆類の消費は、中国人のおよそ6倍程度となっている。しかし、農耕地面積(90年代初期から2009年までの耕地面積はほぼ同じ)の確保が困難であることから、豆類の国内生産はここ23年間は微増しているものの、過去15年間の長期でみると減少傾向にあることが分かる。インドは、図4で示したように、世界最大の豆類の生産国であるが、今後人口増加が確実なインド国民の胃袋を満たすためのたんぱく質源としての供給の役割は限界に近いといえる。

4.①のまとめとして
 
したがって、動物性蛋白質の一人当たり消費量で示した図5で確認できるように、過去20年間に卵と魚介類の消費が代替財として増加しているのは、必然といえるであろう。動物性たんぱく質の消費では、鶏卵、鶏肉、魚介類、ミルクの順に過去30年間の伸び率が高くなっている。インド人の年間牛乳消費量は日本人の摂取量に匹敵し、特に都市化の進展が著しいウッタルプデーシュ州、アーンドラ・プラデーシュ州、マハラシュトラ州等におけるミルクの消費の伸び率は高い。 他方、鶏卵、鶏肉、魚介類の消費の伸びが今後10年以上は継続する可能性が高い。インドにおける人口ピラミッドは若年層人口が増大する傾向にあることと、都市化の進展に伴うモール街の増加とケンタッキーフライドチキンのようなファーストフードの店舗数の増加(Ratna Bhushan, 2011)が今後も継続すると、外食と加工食品の消費が逓増するのは、予測できることである(上原1996年)。このことに加え、経済成長が持続することを想定すると、これら食品需給の逼迫は避けられない。その場合、海外からの輸入圧力が高まることになるであろうし、インド国民に対するこれらの食料供給体制の在り方がインド政府には問われることになる。

    

    

参考文献:
Margaret Puskar-Pasewicz (2008): “Cultural Encyclopedia of Vegetarianism,” pp. 131-132.
Ratna Bhushan (2011): “KFC overtakes Pizza Hut as Yum!'s largest brand in India”, Economic Times, Dec. 21.
上原秀樹(1996):「食料システムと東南アジアの食品工業―フィリピン、マレーシア、タイを中心に―」『冷凍』日本冷凍協会誌第71823号、平成85月。

Ⅴ ニュースの裏を読む(14)印刷用pdf)


長谷川 啓之

アジア近代化研究所代表

 このニュースレターが出るころには2012年を迎えるが、書いているのは201112月末である。激動の年、2011年も終わりに近づいているのに、まだ大きな事件や出来事がひっきりなしに起きている。この調子なら、2012年も激動の年になることは必至であろう。2011年の最大の出来事の1つは金正日総書記の急死である。それが今後の北朝鮮の政治や経済にいかなる影響を及ぼすか、周辺諸国への影響はどうか、など多くのことがまだ不明であるが、少なくとも、国内では近い将来かなりの変化が生じるものと推測できる。もう1つは軍事独裁国家ミャンマーの動向である。これら2つの国はアジアの典型的な独裁国家であり、いずれにもようやく大きな変化が現れ始めたといえそうだ。そこで、今回はこれら2つの独裁国家の動きとその意味や背景を取り上げたい。

1) 金日総書記の死とその意味

  金正日氏は1217日早朝、心臓発作(心筋梗塞?)のため視察中の列車内(?)で亡くなったと、北朝鮮当局から19日発表された。長く続いた金正日独裁体制がとりあえず終焉した。問題は北朝鮮の今後である。金正日氏の政治手法が強烈であっただけに、それを若い息子の金正恩氏がどう受け継ぐか、に世界の関心は高まっている。
 いったい金正日とは何者であろうか。むろん彼の経歴などは新聞などの報道で詳しく報じられているので、ここでは重複を避けたいが、簡単に見てみよう。公式発表では、金正日氏は「朝鮮半島で抗日戦争を繰り広げていた金日成の白頭山で生まれた」ことになっているが、実際は父の金日成の逃亡先のソ連で1942216日に生まれた。それゆえ、彼の死は70歳直前であったことになる。彼が北朝鮮の後継の指導者としての地位を確立するのは、父の金日成の個人崇拝体制を確立する中で実現した。彼によれば、金日成氏の思想である「主体思想」(あるいはチュチェ思想)はマルクス・レーニン主義を超えて、完成された共産主義理論である。
  主体思想とは、まず「朝鮮革命の要求から出発し、そして朝鮮革命の歴史的な経験に基づいて打ち出された朝鮮革命の指導思想」と規定される。この思想を実現することこそ、金正日氏が目指したものであり、その後継者も目指すべき目標となる。それには金日成・金正日父子が築いた独裁体制(金王朝)自身を維持発展することが最も重要となる。
  金正日氏は947月のお金日成死後、国家主席は永久に金日成であると憲法で規定されたため、国家国防委員長が国家の最高職責とみなされるようになった。そして、金正日氏は93年の国防委員会第5次会議で国防委員会委員長に選出され、独裁体制が敷かれることになった。
  金正日体制の本質は父の思想である主体思想に基づく「先軍政治」であり、国家の基本を軍事に置き、労働党より軍を優先し、経済面でも国防産業に力を入れる。その目的は主体思想に基づいて、北朝鮮の革命を成功させ、社会主義を守り、反帝国主義・反米対決戦争に打ち勝つことである(長谷川啓之監修『現代アジア事典』)
 このように見ると、北朝鮮の最大の目的は金日成・金正日親子が生涯をかけ、「主体思想」に基づいて、構築した独裁体制(金王朝)を発展させ、維持することであることが明確となる。そこで、問題はだれがそれを継承するかになる。こうした観点から見れば、疑うことなく、継承すべきは息子の金正恩氏以外にありえないことになる。そこで問題になるのは父と祖父が築いた独裁体制を金正恩氏がきちんと継承するだけの説得力や能力を有するか、その環境はあるか、が問われざるをえない。その点の詳細は今後を見ていく以外にないのだが、金正日氏の死は突然若い息子の金正恩氏が「金王朝」を維持・発展させなければならないという重大な課題を処理するだけの能力があるかどうかを問うことになった。大変な時代に国家の最高責任者になったものである。
 それでは、肝心の金正恩氏はいかなる人物なのか、いかなる思想や能力、経験を有するのか、など重要な点がすべてわかっていない。これでは多くの国が不安を感じて当然であろう。

  そこで指摘したいのは以下の3点である。第1点は年齢の若さと経験不足である。まだ28歳とか29歳にすぎない金正恩氏がこれまでいかなる経歴を持つのか不明であるが、一般論として考えても29歳程度で優れた戦略や判断力を持つかとなれば、極めて疑問である。ましてや重要なのは国を取り巻く国際関係をどう処理するかである。なぜなら、これまで金正日氏のやり方があまりにも国際社会で物議をかもし、ほとんど孤立状態にあるため、彼の外交手腕や対外戦略が大きく問われるからである。むろん、彼自身の能力と同時に、側近の忠誠と支援が不可欠となる。だが、心からの忠誠や支援を若い金正恩氏に捧げる必然性を感じる側近はどれほどいるであろうか。短期的にそうした問題が発生する可能性は少ないとしても、中期的には様々な形で問題が噴出する可能性は否定できない。
 2に、北朝鮮が今後ある程度安定した状況を維持できるかどうかは経済に大きく依存する。しかし、圧倒的多数の国民は現在の経済状況に批判的ないし不満を持っているとみるべきであろう。そこで、強盛国家どころか食糧さえ他国に依存する、ほぼ破綻状態の経済を少しでも前進させる必要がある。となると、まず工業化が必要であり、それには資本も技術も人材も経営のノウハウも完全に不足している。人間だけではどうにもならないのが、工業化である。今後は外部に頼る以外に方法はない。それができるのは第1に友好国・中国の協力であるが、それだけでは不十分であり、韓国や日本、さらにはアメリカなどの協力が不可欠となる。そうなれば、一定の改革・開放は避けて通れない。しかし、これまでのやり方で道が開けるとは到底思えない。金正恩氏がそれを実行するだけの裁量を有するかどうか、注目したい。
  3点は、一般に最近の中東情勢を見ても分かるように、いかに独裁的・強権的な体制といえども、永久に続くことはありえない、との認識を金正恩氏やその側近たちがどの程度持っているかである。改革が遅くなればなるほど、北朝鮮の政治も経済も回復不能な状況へと突き進む可能性が高い。そこまで事態を放置することは金日成氏も金正日氏も望むところではあるまい。なぜならそれこそ「金王朝」の崩壊につながるからである。
  かくして、金正日氏の死は期せずして、息子の金正恩氏の力量を問い、金正日氏が最も重視した「金王朝」の発展か崩壊かの二者択一を意味することとなった。

2)ミャンマー情勢の変化は本物か
  北朝鮮と並んで、ミャンマーも大きな試練に立っている。最近、軍事独裁国家ミャンマーの政治に変化の兆しが見え始めたとして、世界が注目し始めている。その兆候は201011月、90年以来20年ぶりに民政移管の一環として、行われた総選挙にあった。無論、自宅軟禁中であったアウンサンスーチーさんは選挙に参加できなかった。彼女が率いる旧最大野党の国民民主連盟〈NLD〉は前回選挙で国民から81%という圧倒的多数の支持を得ながら軍事政権側は政権を渡さなかった。そればかりか、指導者のアウンサンスーチーさんは長期自宅軟禁という苦汁をなめることともなった。
 今回の選挙は、上院
(定数224議席、下院440議席を選ぶ選挙であったが、その各4分の1は無投票で軍人に与えられているため、残る4分の3と地方議会の合わせて1,158議席を、37の政党から立候補した3,059人が争うことになった。結果は予想通り、軍事政権側が圧倒的に勝利を収め、大統領にテイン・セイン首相が選出された。これでミャンマーは安泰なのであろうか。それにはまず過去20年間を振り返ってみる必要がありそうだ。その第1は、なんといってもミャンマーがこの20年間に軍事独裁政権を嫌う西側諸国から一斉に経済制裁を加えられてきたことである。特に、アメリカは97年に経済制裁を発動し、アメリカ企業の新規投資を禁止し、2003年にはミャンマーからの輸入を全面的に禁止した。この間、国内でも反政府デモが発生したが、政府の弾圧によって抑え込まれ、西側の先進諸国は一斉に経済制裁を強化した。
  それにもかかわらず、ミャンマーの軍事体制は破綻することもなく存続をつづけ、経済が完全に崩壊することもなかった。軍事独裁体制が存続できた理由として、なによりも経済が1つの重要な役割を果たしてきたことが指摘できよう。ミャンマーは天然ガス、豆類、チーク,堅木、魚類、コメ、ゴム、エビ、ゴマなどの第一次産品を輸出し、ある程度の外貨を稼ぐことができたことと、対外的には外国投資や貿易があげられる。まず中国やインドからの投資や国境貿易がある。ミャンマーの総輸出額自体は小さいが、それでも2010年現在で輸出の23.5%をこの2つの国が占め、さらには97年に加盟したASEAN諸国への輸出が43.6%を占める。中でも最大の貿易国は隣国のタイである。タイ一国で輸出の32.7%に上る〈88年にはわずか4%に過ぎなかった〉。つまり、日本を含む西側諸国を除き、アジア諸国への輸出だけで約90%89.9%)を占めるが、中でも中国、インド、タイの3か国で56.2%を占める。
  また輸入を見ると、トップは中国で33.8%、続いてシンガポール25.7%、タイ11.1%,残りは韓国、インドネシア、日本、インド、マレーシアと続くが、いずれも一桁にすぎない。つまり、輸入でも圧倒的に中国が大きく、それにシンガポールとタイを入れると、上位3か国で全体の70%を超える。さらにアジア全体では85%を日本と韓国を除くアジア諸国に依存している。
  こうしてミャンマーは西側の厳しい経済制裁にもかかわらず、大きな破綻もなく経済を維持し、その結果軍事独裁体制を維持してきた。しかし、それでミャンマーが今後もそうした状況を持続できるか、さらには国民の貧しい生活水準を少しでも引き上げることができるか、となれば大いに疑問である。ミャンマー経済は確かに、第14か年計画〈92~95年〉期に年率7.5%の成長を達成し、その後も第25か年計画〈96~2000年〉では8.5%を、第35か年計画(01~05)では12.8%を、そして第45か年計画〈06~10年〉期には7.8%をそれぞれ達成した。これは相当に高い経済成長であるが、それでも2010年の一人当たり名目GDP(国内総生産)はわずか742米ドル(1日約2ドル)にすぎず、ASEANの中でも最低水準にある。この所得水準は最貧国に近く、同じくASEAN内の貧困国であるカンボジア〈814ドル〉、ラオス〈1,003ドル〉、ベトナム(1,174)より低い。
  輸出額もASEAN10の中で8番目にすぎず、それもほとんどが第一産品である。つまり、ミャンマーにはかなりレベルの低い縫製品以外に輸出できる工業品はほぼ皆無といえる。多くのASEAN諸国で次第に工業化が進み、経済が発展する中で、ミャンマーだけが置いてきぼりを食らっているといってもよい。要するに、このままミャンマーが工業化せず、第一次産品貿易や援助で成長率を維持し、生き延びていける可能性は極めて限定されるということである。ましてや、長年の独裁体制に国民はうんざりしており、軍事独裁体制への国民の不満はおそらく世界でも最上位に位置するのではないか。現在のミャンマー指導者もそのことを88年の選挙結果ですでにいやというほど認識させられており、もはや経済発展をするには、国民ばかりか国際社会(特に先進諸国)との和解以外に何もできないと考え始めたに相違ない。
  最近の国民和解への動きはそうした指導者の認識を裏打ちするものといえるであろう。そのような国内での問題と同時に、近年の中東をはじめ、民意を無視した独裁体制の崩壊が早晩ミャンマーにも飛び火する可能性も無視できない。権威主義的ないし独裁的な北朝鮮や中国なども同様である。永久に続く独裁体制は存在しない。最近、中国の首脳たちが内外の反体制的な動きに神経をとがらせるのも無理からぬことである。かつて世界に民主化の波が押し寄せたとき、絶対的な支配構造を構築しているかに見えた、ソ連や東欧など社会主義諸国でも独裁体制は崩壊した。それらの国の動きは、国民の不満が強い国ほどいったん反体制的な動きが開始し、広がり始めると、一気に崩壊へと向かう可能性があることを歴史は示している
 今回のミャンマー情勢の変化が本物であることを切に望む。

編集後記(印刷用pdf)

新年あけましておめでとうございます。いいお年をお迎えでしょうか。2012年最初のニュースレター(第14号)をお贈りします。アジア近代化研究所が非営利法人として誕生しましたのは2008年ですから、早いものでもう4年目を迎えます。この間、個人及び法人の会員、そのほか多くの協力者のおかげで、何とかここまで継続できました。感謝に堪えません。
 昨年は激動の年でした。今年も間違いなく、激動の年になるでしょう。すでにその芽は見えつつあります。当分、世界は激動の時代を過ごすことになるのではないかと恐れます。世界が平和と繁栄を謳歌した時代は再び来るのでしょうか。
 さて、今回のニュースレターの巻頭言は今話題のTPPの問題を「第2種の誤り」との関係で、簡潔に論じたものです。第2種の誤りは統計学用語ですが、現実の問題にしばしば応用されます。それは「誤った命題を承認してしまう誤り」のことで、おりしもTPPへの参加問題はこの命題とかかわるわけです。つまり、TPPへの参加が誤っているかどうか、が不明なまま、正しいと思って参加すれば誤った結果が生じるかもしれない。しかし、それは結果としてしかわからない。だからこそ、さまざまな角度からの厳密な検討が必要だというわけです。TPP参加に賛成の方も反対の方も、じっくり考えてみるに値する見方ですね。
  2番目は藤澤すみ子会員の台湾旅行記の2回目です。前回にも掲載しましたが、写真を豊富に使った面白いエッセイを存分にお楽しみください。台湾に旅行経験を持つ方も多いでしょうから、そうした方には改めて旅行中の出来事が目に見えるのではないでしょうか。
 
3番目は童適平研究員が昨年3月に上海に帰国した際に経験した、生々しい現地からの報告です。中心になっている話題は、いま中国で大きな問題になっている食品汚染の問題です。これはかなり深刻な問題であり、中国政府はこれをどう解決するのか、大いに注目されます。
 4番目は上原秀樹教授が、成長著しいインドでの調査に基づいて執筆したもので、食糧消費パターンに生じつつある変化に注目し、それを中国との関係で論じたものです。中国と違い、インドは宗教の影響が強く、食品の内容も中国とは相当異なるため、中国で起きた豚肉などの食糧に対する資源争奪戦がどう展開されていくかははっきりません。しかし、上原教授によれば、インドでも確実に鶏肉や鶏卵などを中心に大きな変化が生じるとみています。世界の食糧需給は今後さらに深刻化が予想されるだけに、現地調査に基づいてインドと中国との消費パターンの変化を分析した貴重な論文です。是非読んで、感想をお寄せください。
 5番目は「ニュースの裏を読む」の第14回目です。今回は北朝鮮とミャンマーを取り上げています。これらの国以外にも、アジアでは様々な話題や出来事がたくさんありますが、緊急に取り上るべき問題として、この2つの国が取り上げられました。
 この両国はいずれも独裁国家として知られており、西側からの強い制裁下にあります。それにもかかわらず、両国とも依然として生き延びているのはなぜでしょうか。また今後も生き延びていくことができるでしょうか、それには何が必要なのでしょうか。こうした観点から、この2つの国をとらえています。
 これらの国と日本とは、やや異なる面から密接な関係を有しています。それだけに今後の動向が大変気になるところです。とりあえず、ミャンマー情勢は好転の兆しが見えますので、取り立てて騒ぎ立てる必要はないかもしれません。しかし、北朝鮮情勢は
4月以降、緊迫した状況が発生する可能性があります。はたして若き指導者・金正恩氏は問題に適切に対応できるでしょうか。できない場合、日本はどう動くべきでしょうか。中国、アメリカ、ロシア、それに韓国など、北朝鮮と密接な関係を持つ諸国はどうでしょうか。いずれにせよ、北朝鮮は正念場を迎えています。とりわけ、多くの国民が餓えている経済状況に若き指導者は適切に対処し、問題の解決につなげることができるでしょうか。
  2012年が皆さんにとっていい年になりますように。(KN


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