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第7号、2010年10月15日発行 目次
無断転載禁止。著作権は各著者にあります。
  1. 巻頭言:生物多様性と食料供給の在り方を考える
  2. 朝鮮半島西南端の港・木浦市と日本との関係(上) 
  3. ウルムチ―中国辺境のオアシス都市―
  4. アジアの工業化と経済発展:1つの雁行形態論批判(2)
  5. ニュースの裏を読む(7)
  6. 編集後記


I. 巻頭言:生物多様性と食料供給の在り方を考える (印刷用pdf)
上原 秀樹 Uehara Hideki
アジア近代化研究所副代表
明星大学教授、農学博士

 生態系の多様性、種の多様性、そして遺伝子の多様性を守りながら人類が安心して暮らすことができることを目指す生物多様性(CBD)の第10回締約国会議(COP10)が10月11日から19日間、名古屋市で開かれる。この中で特に海洋酸性化現象の問題に対する取り組みに注目したい。海洋酸性化現象の問題は、長期的視点での対応が求められるが、海洋国家のわれわれ日本人が食する将来的な水産物の食料資源と供給の条件に大きく影響することから、海の生物多様性保全に関する交渉と決議案の行方を見守りたい。
 生物多様性条約の目的は、「生物多様性の保全」、「生物多様性の構成要素の持続可能な利用」、「遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分」、の3点である。現在192国・地域が生物多様性条約を締結しているにもかかわらず、遺伝資源の利益配分の問題からアメリカ合衆国が今日に至ってもこれを批准していない。自国の製薬会社の既得権益を守ろうとする大国の独断的な振る舞いが今回の交渉過程でも大きくクローズアップされる可能性がある。さらに、わが国でも生物多様性基本法が施行されたのが2年前の2008年であり、経済主体としての企業と一般国民には徐々に知られるようになってきているが、その具体的な内容と多国間交渉の構図についてはあまり注目されているとは言えない。
 世界自然保護基金(WWF)によると、2009年における絶滅危惧種は動物で8782種、植物で8500種も存在するという。人類にとって貴重な国際公共財としての遺伝資源と「種」がそれだけ失われかけようとしているわけである。改めて言うまでもないが、人類のすべての営みが依拠する自然は多様な生物の相互依存で成立し、人類に多くの恩恵を与えてきた。たとえば、メリーランド大学のコスタンザ教授が率いる調査チームによると、生物多様性の価値は世界で年間33兆ドルにも上るとしている。これは、全世界のGDPの2倍に相当する規模である。したがって、生物多様性を維持する国際的な枠組みを構築しない限り、多大な資産を失うことになり、人類に明日はないといっても過言ではない。この複雑に相互連関しあった生態系の構成要素に関する未知の有益な部分を解明・利用し、リスク要因を解除し、セーフティーネットを構築することは、一学問分野からの対応ではきわめて困難であり、学際的な協働研究のアプローチが求められる。
 長期的スパンで見た地球上の食料生産資源は、その大部分が再生可能資源であるといえども、その利用については生態系の制約を受けると同時に希少性を持つということが認識されていない。それゆえに、そのことが今日の食料市場に十分に反映されていない。このような状況下では、購買力を示す所得のみが需要の大きな決定要因となり、その所得の格差は、食料に関する国際地域間、国家間、国内経済主体間での需要と供給のアンバランスを発生させている。つまり飽食と飢餓が並存する背景には、所得というフローのファクターのみが市場における強力なプレーヤーとなっていることが上げられる。特に高級食材という資源に対する際限ない人間のwants(欲望)が需要メカニズムを通して生産・供給市場に反映され、高い所得に裏打ちされたエネルギーの無駄な迂回利用と浪費という形が際限なく成就されるというメカニズムが存在する。
 他方、限界的な食料生産資源と食物連鎖からの視点では、食材の高級化という名の基に非効率的なエネルギー摂取を伴う生産手法が誘発される。この場合、特に指摘すべきは、生産に関する外部不経済のコストが内部化されない現行市場システムの欠陥ゆえに、特定の財の市場価格は安価なレベルで形成されるという事実であろう。しかし、人間の生命と労働力を維持するための分配面から問題を捉えると、低所得ゆえに購買力が著しく低い地域においては、基礎食料の消費がわずかに満たされているか、恒常的に飢餓の発生を恐れる経済主体が存在することが指摘できる。しかるに、今後グローバル化が一層深化した世界市場においては、寡占化など食料流通の構造変化が食料分配と生物多様性にいかなる影響を与えるかも、注意深く見守る必要がある。
 ある賢人が"Hunger is real; scarcity is not,"と言っているように、飢餓は現実のものであるにもかかわらず、食料は不足していないのである。すなわち、われわれ人類には、「生物多様性」の維持と「分配」の問題を解決するための努力が求められているのである。しかしながら、経済学者もその問いかけに対し、納得できる答えを見出すことができていない。人類は、理想郷が到達できない限り食料不安の根源を断ち切ることはできないのであろうか。そうだとすれば、「食料の安全保障」は人類の永遠のテーマであるといえよう。


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