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第3号、2010年02月15日発行 目次
無断転載禁止。著作権は各著者にあります。
  1. 巻頭言:日本経済の状況
  2. ニュースの裏を読む(3) 対立するタイとカンボジア:タクシン元首相の処遇を巡って
  3. 「工業化の需給理論」で読み解くモンスーンアジアの稲作技術の展開
  4. 寒波の中、大学院受験生140万人
  5. アジアの政治・経済動向(2) インドの自動車産業(第2回)
  6. 編集後記
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I. 巻頭言:日本経済の状況 (印刷用pdf)
井口 廣 Iguchi Hiroshi
アジア近代化研究所副代表

 世界的な金融危機と、未曾有の国内景気の悪化を経験した2009年。後半になり、やや持ち直しの兆しが見えたものの、その不況が終息に向かったとは断定できない状況のまま幕を閉じた。そこで、2007年から2009年の3年間における、激動の日本経済を振り返ってみたい。2007年秋、「いざなぎ景気」を超えたといわれる69ヶ月間続いた景気拡大が、後退局面に入った。2008年春ごろから、米国金融市場で「サブプライム問題」が騒がれ始め、米国株式市場からの莫大な資金が、原油や原材料市場になだれ込み、8月には、それぞれ史上最高値を記録した。この結果、日本経済も緩やかながら下降を辿っていった。その後、9月にリーマン・ブラザーズの破綻(リーマン・ショック)が起こり、金融不安が世界的な金融危機へと発展し、世界同時不況へと繋がっていった。
 このような状況下で、日本の経済環境も一変し、内外需の大幅な減少に伴う企業収益の急速な落ち込みが現実となり、2008年10月から2009年3月までの半年間でのGDP成長率は、マイナス5%にも達した。2009年1月から同年3月における、内閣府発表の「国民経済計算」で見ると、外需以上に内需が大幅に落ち込む結果となったが、これは、企業収益の大幅な減少およびそれに伴う設備投資の減少、さらに個人消費や住宅投資が減少したことなどによるものである。その後、リーマン・ショック以来高騰していた原油や原材料価格が急落し、為替レートはドルに対して急激な円高となり、益々輸出環境が悪化した。その上、安い輸入品が市場に参入したため、デフレに拍車をかけていった。2009年度は、春以降、最悪期を脱し、底打ち感が出てきたが、依然として構造的な危機は続き、内閣府による2009年4月〜6月期の実質GDPの第一次速報値は、前年同期比マイナス6.4%と発表された。7月に出された『経済白書』では、「最近では、日本を含め各国での経済対策の効果が発現する中で、輸出が持ち直してきている」と発表されたが、輸出が持ち直しているのは、主に中国を始めアジア諸国向けが中心であり、欧米向けの輸出は未だ低調のままである。このような中、今後日本経済を成長させるためには、中国やアジア諸国がキーワードとなるであろう。やはり『経済白書』でも、「今後は、躍動するアジアの成長の果実を国内に取り込み、内需と外需の双発エンジンにより牽引される、新たな持続的成長のプロセスが一刻も早く始動することが必要」だとしている。

日本企業の経営戦略
 日本経団連の御手洗富士夫会長は、2010年の念頭所感で、日本経済を自立的な回復軌道に乗せるためには、アジアの中で共に成長していく視点が欠かせない、とアジア重視を訴えた。また、自動車工業界の張富士夫会長は、新年挨拶の中で、「国内販売は前年比6.5%減であり、3年連続して減少している。これは景気だけの問題ではなく、社会構造の変化である。今後は、アジアを中心に海外での増販に力を入れていかざるを得ない」と述べた。鉄鋼業界を代表し、JFEの数土文夫社長は、「国内市場の伸びは期待できない、拡大するアジア市場でいかに存在感を高めるかが最大のポイントである」と述べ、金融界からも、塚本孝史みずほ銀行社長、渡辺賢一野村證券社長の両名が、同時にアジアの時代にアジア・ビジネスへの積極的展開の戦略を語った。加えて、ソニーのハワード・ストリンガー会長は、経済危機後の回復力の強いアジア各国を指定して新戦略の策定を発表し、三菱重工の佃一夫会長も、アジアへの積極進出を、産業構造転換の一環として捉えるイノベーションだと述べている。以上のように、各業界を代表する人物が、一斉に、今後の企業成長のエンジンをアジア・ビジネスの拡大へと的を絞っている。もちろんのこと、ほとんどの業界はすでにアジアへの進出を行っているが、今後は、関連企業を含め更にアジアでのビジネスの進展が期待できるであろう。シュンペーターは「世の中の変化を、チャンスとして利用できる道を策定することが"イノベーション"だ」と述べている。日本企業のアジア戦略イノベーションは、官民協同してスピードを上げていかなくては、日本経済の成長は見えてこないのではないだろうか。しかし、政府のFTA・EPA政策一つを取り上げても、韓国との交渉も遅れ、アセアン諸国との二国間交渉も、農業・酪農問題が尾を引き、なかなか前進しないのが現状である。今後のアジア戦略は、官による積極的な推進政策の後押しなくして、民のみでは厳しい局面も多々見られるであろう。

アジア近代化研究所
 アジア近代化研究所が、非営利活動法人の認可を得て、国内で本格的活動を始めたのは、昨年の夏からではある。だが、長谷川代表が任意団体としてアジアの近代化を研究するグループとして活動をスタートさせたのは、1996年であった。この頃は、国内景気もバブル崩壊から脱し、緩やかな景気回復を続けており、経済成長率も名目3.5%、実質では5.1%、為替相場も115円と円安傾向にあり、外需の好転による景気の明るさも増した年であった。しかし、前述のとおり、現在の環境は全く様変わりしており、今後の日本経済を成長させるためには、アジアの経済発展を取り込まなければ企業戦略が策定できないところにまで追い込まれているのが現状である。こうした日本経済や企業環境の中で、我が研究所が本格的活動を始めたのは、正に的を射ていると思われる。いや、むしろ遅すぎたかもしれない。アジアと一口に言っても多くの国々があり、積み重ねた歴史・文化・宗教・風俗・習慣等がそれぞれ異なり、それらを理解せず、闇雲にアジア進出のための戦略を策定するのはリスクが大きすぎる。今後、研究員達が長年積み上げてきた研究やデータを基に、主としてニュースレターなどの形態で発表し、また彼らが本研究所のメンバーとして更なる研究を積み重ねていくことが、必ずや日本企業の発展、ひいてはアジア全体の発展に貢献し得るものと確信している。


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